August 26, 2004

模様替え

私は模様替えを始めると自動的に気分昂揚スイッチがオンに切り替わって奮い立つものを感じるのですが今日もまた然り、家のリビングにおいていたちょっとした大きさのキーボードに着目し、「ねえねえ、これあっちの部屋まで動かせると思う?ねえ、普通ならうごかせんよね?うごかせんと思うよねえ。でも、…ママは普通じゃないんだな、これが。ママなら、動かせるんだな。…おかあさんは、普通じゃないよ。♪…普通じゃないよ、ハイッ、普通じゃないよっ、マーマーはッ、普通じゃないよ!マーマーはっ、ハイッ、普通じゃないよ!ソレッ!マーマーはッ、普通じゃないよッ…」と息子を前に半狂乱になって歌い踊る始末(後々冷静になって思い出すと)。

ひとしきり作業を終えて、ふとソファに目をやると息子が力なく座り込み、目を泳がせながら「困ったなぁ…困ったなぁ…」と消え入りそうな声で繰り返していました。

反省しました。

August 25, 2004

チャン・ツィーがCMに出てきたら「ママ!」と言う様に子供に仕込んでます。

が今日は「ママ!」の後に息子が不思議そうに私を振り返って、一言。
「…だれのママ?」 

****

■今日は息子が生まれてから今に到るまで、
私の育児を根底から支え続けてきたものは何だったのか、
ということを改めて考えてみました。
特に私の様に年齢的にも精神的にも未熟な人間が、
最初はろくにおっぱいを飲むことも、
夜ぐっすり眠ることもままならない小さい子供を
何とか2年半、今ではトイレでおしっこが出来るまでに
育てることができた、ということ。

ブログでこうも自分の日常を偉そうに披露していながら、
私のこれまでの育児の原動力は、思うに何より息子への愛情、
そして、その裏に絶えず付きまとってきた”自己否定”だった様に思います。
こういうことを言うといかにも現代の若い女の子、という感じで、
何だかちょっと嫌な気もしますが、一般的にも、
”親は子供と共に成長する”という風に言いますよね。
特に母となった年齢にほんの少し、負い目を感じていた私は
息子を産んだ直後から常に人間としての未熟さを痛感させられっぱなしで、
何をどれだけこなした日にも、これではだめ、これではいけない、
と根底から自己否定を繰り返してきました。
また余談だけれども私は1日の終わりにお風呂に入る、
という何気ない行為に人並以上に意識を注いでしまうという癖があります。
意識を注ぐ、と言うと一見、神経質に毎日きちんと1日の終わりに家族みんなお風呂、
という風に誤解を招く恐れがあるので訂正しておくと、
1日の終わりにあるべきお風呂が激しい自己嫌悪の中で朝に訪れたり、
またそれさえも激しい自己否定の下で
湯船にお湯をはらずにシャワーだけだったりすることが侭あり、
これではいけない、と思いながらも気づけばまた繰り返している、
そんな自分が嫌、でもまた今日もシャワー、
…な、どうしようもない、しょうもない過剰な意識です。
とりあえず1日1回は体洗ってるんだからいいじゃん、
で済ませないのが入浴なのです。

さて、つまりこのことから言いたいのは、ある種の強迫観念と、
それに思う様に従えない惰性が必然的に自己否定を産み、
時に自己否定は惰性を産み、惰性は行動を抑制する、
といった負のループ。その源泉が、少なくとも私の中には
確実に存在している、ということです。


一般的に育児におけるこの悪循環の典型が、”あるべき育児”、という観念。
例えばいつもとても楽しそうに子育てをしているご近所の誰々さんの様な育児、
例えば毎度毎度の食事には三食きちんと手を抜かない誰々さんの様な育児、
例えば夜8時には子供をお風呂に入れて夜9時までには必ず就寝させなさい、
というマニュアル通りの育児。

恐らく私だけではないと思うんです。
世の中の親は誰もが一度は、あるべきとされる理想形と、
自分の実現し得る現実とのギャップに、
多かれ少なかれ失望したり、自信を失ったり、
そんな経験をしているに違いないと思います。

ところが、人間というのは誰しも、…こんな私でさえも、
時にとてつもない底力を発揮できるのであって、
”こうしなきゃ→出来なかった→もうだめだ
→でもしなきゃ→出来なかった→〜”
といった終わりなき悪循環に陥ったかの様に見えても
あーこれちょっとまずい状況では、と気づけた頃には大抵の場合、
実はすでにそのループから外れていたりするのであって、
何一つ進展しない様にも感じられる、思い悩む過程というのは、
実のところ今まさに片方の足を一歩前進させんとする
次の次元へのシフトの段階である、という風に、
…息子が随分と人間らしくなってきた今なら、言える様な気がします。

育児というのは仕事とは違って、こなすべきノルマが机の上に
目に見える形で積み上げられているわけでもなく、
クイズと違って一つ謎が解ければ全てすっきりと答えが出るものでもなく、
ひたすら続く迷路の様に右に行ってみよう、左に行ってみよう、を
手探りで模索し続ける、考え様によっては大変に苦痛を伴った重労働です。
しかしその迷路では、参加者がお腹をすかせたりすることのないよう、
要所要所に絶妙なタイミングでパンやお菓子が用意されているほか、
飽きることのないよう、レベルアップのボーナスプレゼントや、
ラッキーハプニングや、オマケのミニゲームが配置してある、という仕組み。
しかも手探りとはいえ、探るべき側面の壁や地面はどこもかしこも
つるつる、ふわふわと滑らかな肌触りで、おまけにとても暖かなのだから
頬擦りだってしたくなってしまいます。


時にオリンピック選手級に自己否定を繰り返し、
少しばかり乱暴ではあるけれども、
そうすることで次々と立ちはだかる目前の障害を乗り越えつつ、
2,30年もぐるぐると迷路を歩き続けていれば、伊能忠敬ではないけれども、
もしかするとほんの少し、迷路の全体像がつかめる様になっているかもしれません。
或いはまだまだつかめなければそれはそれ、追いかけていた獲物が
いかに偉大であったか、ということに気付けるかもしれません。

塊魂だってこれほどやりがいはないもの。
一度手にした、迷路の参加資格は、無駄にしてしまっては勿体無いというものです。


August 24, 2004

カテゴライズという障壁

夫の職業が漫画家、という話は以前少し書いた記憶があるのですが、今日は家族で夕食をとりながら、夫と、近々発表予定は未定の新作漫画の内容を検討しました。話のスケールは”オメガトライブ”並みに壮大で神様が出現したりします。今はまだ詳しくは語れないけれど一つだけ言えることは、神様のデザインはゴブ僕さんに内々でお願いする方向で、ということくらいでしょうか。

さて話の途中で、

「…で怖い人間がそこで…」

と夫が何気なく口にした瞬間、一足早く食事を終え、ダイニングテーブルの側でそれまで静かに遊んでいた息子が、

「ボクもニンゲンこわいよ!こわい!ニンゲンこわいでーす!」

と突拍子もなく企画会議に参戦してきました。 
”人間”が何たるかを2歳の子供に知らしめるのはまだ時期尚早かとも思われましたが、息子の言葉に「…この歳で人間不信に陥っとる」と夫がひどく心を痛めた様子だったので、仕方なしに、”君もニンゲン、パパもママもニンゲンなのだよ”という事実を、出来るだけ分かりやすく、よくよく噛み砕いて説明しました。息子は、なるほどなるほど、と少しばかり考えた顔をして、

「ニンゲン、ニンゲン、ブーン、ブーン

と言いながら自分の左手のひとさし指を立てると、チクッ、と言って私の腕を刺しました。そこで私は慌てて、

「それは”むし”だよ、ニンゲンはチクッとしないよ。チクッとしたら、めっ、てするのがニンゲンよ」

と再度ニンゲンの定義を説明し、

「チクッとしたら、めっ、よ、ママはニンゲンよ」

といいました。すると息子は、

「ニンゲン、よしよしして〜」

と私の手を自分の頭に持っていってよしよしをせがみました。どうにも息子は今度は、犬か何かの動物になりきっている様だったので、

「フィッフィ(実家の犬)はイヌ、ワクチン(お友達のおうちの犬)はイヌ、プーさんはクマ、あなたはニンゲン、よ」

と教えました。そこでようやく息子は納得した様子で、

「フィッフィはイヌ、ワクチンは…イヌ…」

と私の言葉を反芻しました。そこでもう一度、

「ママはニンゲン」

と私。

「ママは、ニンゲン」

と繰り返す息子。

「じゃあ、フィッフィは?」

と私が聞くと、

「フィッフィは…イヌ!」

と息子。

ほーらほーら、ほらきた!2歳だって話せば分かるんだ、と夫と私は鼻息を荒くし、執拗にもう一度尋ねました。

「じゃあ、プーさんは?」

「プーさんは…」

ひとしきり考えた息子は、おもむろにつぶやきました。


「…しお


プーさんをナメクジにかけても溶けないんだよ。
スイカにプーさんをかけても美味しくならないんだよ。

息子よ。

August 23, 2004

オリンピック面白いです。

ところでオリンピックの自転車レースがいまいち良く分かりません。
分からないまま終わってしまいました。

最初から一人だけ特別体制でスタートするし、よーいドンで走っている3人がみんな似たようなユニフォームを着ているのでどれが日本人だよといぶかしく思いながら見ているとみんな日本人だし、途中からどんどんコースアウトしていくのにアクシデントじゃないし、一瞬テレビの画面が上下に分かれて黒ずくめの男達が反対側に横切ったりして何がどうなっているのか。

バック後即寝成仏できず瞑想(迷走)

お盆なので2週間程実家に帰省していました。
私の留守の間、一人暮らしだった夫が日々懸命に頑張って片付けてくれていたおかげで、部屋にはラーメンどんぶり3つとコップがいくつか、片手鍋一つとケチャップの付着したデザート皿数枚が洗われていない状態で放置してある他、カウンター、ローテーブル、ダイニングテーブルとありとあらゆる箇所に空のペットボトルが点在している程度、椅子という椅子にズボンが脱いだままかけてある程度、口を縛られたゴミ袋がまるまる一個キッチンに放置してある程度、部屋全体をほんの少しつんと鼻につく異臭が包む程度、数週間前に家にやってきた高さ1メートルほどの観葉植物の葉が上方の4枚を残し他全て見事に落葉していた程度、その程度しか散らかっていなかったので、…否こんなのは散らかっている、と言うのも憚られる程度の、ほとんど無いに等しい混沌であるので、私は、よし、やるぞ、と自分に軽くアニマル浜口親子レベルでの気合を入れてまずは手始めに洗い物から、清掃作業に取り掛かったのでありました。

ところが何分10日間以上も主を失っていた台所。どこに何をおいていたか、いやいくら私でもそんなにアホではないのでそんなことは考えればすぐに思い出すのだけれども、ところが考えなくては動けない、体が、頭を先行して動かない。というのは、今ひとつ芳しくないんですこれ。何故主婦がキッチン選びにおいて何より動線を重視するかといえば言うまでも無くお炊事は体で覚えて、体でこなす為ですから。そんなわけで全ての皿を洗ってしまっても尚明日からの一連の家事の進行に不安が残り、もう少し、もう少しで気づいたら勢いでコンロ周り、蛇口、冷蔵庫の中までツルツルにふきあげていました。福岡⇔東京間を移動したその日その足でやることでもないと分かっていながらやめられない。ちょっと休んだら?という夫の声も届かない。そんな性。しかし確かに、確実に、一通りの作業をこなした後には、台所に何となく自分の臭いが戻った様な、俺様の縄張りの要所要所に高々と片足を上げオシッコをひっかけたお犬様の様な、そんな気になって悦に浸りました。

さて一息いれようと居間に移動したものの休む間もなく目の当たりにすることとなった驚愕の光景、ほんの一瞬気が遠くなって意識飛び気味、体がふっと宙に浮きかけ神様を見た様な錯覚にさえ陥ったものの、けれどもよくよく考えてみるとそれは私と息子の間に流れる血が確実に同種のものである、という何よりの証明に他ならないのだと思いました。

自分のおもちゃをどさーっと、がしゃーっと、ぱらぱらーっとぶちまけて、スペースがなくなれば次のスペースを求めて出かけていって、そこでもう一度のおもちゃをどさーっと、がしゃーっと、ぱらぱらーっとぶちまけて、止めどなくぶちまけて回ることで、2週間という時間に色あせかけていた自分の臭いを、息子もまた久々の再会を果たした自分の宝物達に、改めて沁み込ませようと休むことなく努めていたのでした。


ちょっと休んだら?が効かないことは誰より分かってるので、息子のやりたいようにさせてあげました。少しだけ魂が抜けました。

August 04, 2004

夢のはなし。

前の晩に見た夢があまりに刺激的であったために、その翌日、ふと横になって目を瞑ってみたり、ふと眠りかけたりなんかするとその夢の記憶が無意識のうちに鮮明に蘇って、このままこうしていれば昨日の夢の続きが見られるかもしれない、という興奮であれれ、なんだかワクワクしてきちゃって、挙句の果てに妙に目が冴えてしまって夢をみるどころかどうにも眠れない。などということは誰にでも良くあることですが、今の私はまさにその状態で、昨晩見た”某美少年等数名と相部屋の魔法学校、夏合宿”の夢から今だ目が覚めません。名誉のためにも忘れずに書き留めておきたいのは、美少年云々はちょっとしたおまけみたいなものでして、目を閉じて、真っ先に瞼の裏に蘇る光景は魔法学校校庭での魔法訓練のシーンです。一言で魔法学校というと時が時なだけに思わずホグワーツを連想しがちですが、如何せん私の拙い想像力はそこまでのキャパを持ち得なかったのでして、舞台はお里の小学校。舞い落ちた落ち葉が腐って水面がドブ色の立派なプールを脇に携えた、妙な肌色の砂埃の舞う運動場です。そこで大勢の子供達がクラスごとに男女2列に並び、襲い来る敵からひらりと身をかわすべく護身術を教わります。右足を出来るだけ高く左後方に持ち上げ、そのまま円を描く様にして左斜め前方にえいっと繰り出す、その反動でターン。尻もちをつかずに行うことができれば、文字通り敵からひらりと身をかわせる、というわけです。一見簡単そうではあるけれども、これがなかなかに難しいのでして、辺りを見回すとあちらこちらでどすんどすんと子供達がしりもちをついています。当然私もどすん、と。出だしからこれでは先が思いやられるなあ、というふうに一抹の不安を感じていたところに前方で先生が「それでは実践でーす!」という声をかけ、あっ、と思う間もなく後方の空からアストロブラスターを手にした巨大な敵が雲に乗ってやってきました!皆やむなく未完成の護身術を披露!しかしどすんどすん、とやはり大多数がしりもちをついてしまい、授業が終わる頃には生徒の数が半分ほどに激減していました。生死をかけた夏合宿。良く考えると魔法も使っていません。そんな夢でした。今目を閉じるとあの続きが見れそうで、とてもワクワクして、そわそわして、眠れないんです。

タバスコの件。

■エントリーをほんの少し更新していなかった間に某所でのわたくしのハンドルが”タバスコ”になったのはある時ふと息子の断乳を試み、思い立って授乳における母親の最たる部分にタバスコを適量振りかけた、あの日の記憶を教訓とし、もう二度とタバスコを皮膚の薄い部分に振り掛けたりはしない、と心に堅く刻み込むためです。断乳という行為において、本来ならば、それまで何より心の拠り所としてきたものを乱暴に奪われるか弱い子供が味わうべき苦痛、しかしそれ以上の空前絶後の悶絶体験を親が自ら味わうことにより、「子供からおっぱいを取り上げる権利は誰にもない」というスポック博士の言葉を改めて思い起こし悔い改めたのでありました。

■そんなわけで息子は現在もおっぱいと共にすくすくと成長しております。ボキャブラリーも増えて、最近はやや妄想癖も見てとれます。

「あっ、ママ!ここにドアがあるよ!あけてみよう!がちゃがちゃ!あっ、あいた!あっ、…えっとなんだっけ…、あっ、プレゼント!プレゼントはいってた!あけてもいい?あけてみよう!びーっ。ぴーっ。あっ、おもちゃだ!バズライトイヤーのおもちゃだ!やったーっ!やったーっ!やったーーーーーーッン!電池いれていい?…ぎーよん、ぎーよん、パカッ、でんちいれた!うごいた!うごいたよ!もうドアをしめよう!がちゃがちゃ!あれ?またはいってる!なんだろうねえ!おばけちゃんかな?やさしいおばけちゃんかな?こわーいおばけちゃんかな?あっ、やさしいおばけちゃんいなくなった!あけてみよう!プレゼントだ!わーいっ!…」

という独り言をパントマイムを交えつつ延々と繰り返すのですが、たまに何かに取り付かれたように表情が切羽詰っていたりもするので少しばかり心配です。


■一方、おっぱいは取れないけれどもオムツの方はパンツをはかせてみると案外簡単に、正味2日程度でぽろっとはずれました。いざ、臀部の極端なモコモコがなくなってみると何だか急に赤ちゃんから子供に変わってしまった様で少し寂しい様な気もします。けれども小さい子が便座に腰掛けて体をプルプルさせながら頑張ってうんちをしている姿は大変微笑ましく、あまりじっと見つめるのも集中を妨げるかな、という大人的配慮から、息子にはさりげなく目をそらしている素振りを見せておいて、目の端の方でちらりちらりと見やります。これぞ親の醍醐味です。